平間至さんの七ヶ浜

昼食をとろうと行きつけの洋食屋に入ると、先客に平間至さんがいらした。アシスタントさんであろう人と一緒で、すでに食べ終わって、二人で会話をしていた。3年ほど前に、PIPPOのモノクロワークショップを受講したこともあって、実は面識はあった。挨拶しようかと思ったけど、ふと目が合った瞬間の感じでは、おそらく覚えてないだろうと判断し、何食わぬ顔で(いや、これから昼飯は食うのだが)隣の席に着き、いつものランチを注文する。

聞き耳を立てていたわけではないけれど、何となく声は聞こえてくる。ぼそりぼそりと低く響く語り口はとても特徴があった。穏やかながらも芯の強い人柄がうかがえる。吉祥寺で村越としやくんとのトークショーを聞いた時も、マイクを通してですら音量は小さかったのに、不思議と耳の奥まで声が届いた。とても心地の良い声だ。

結局、会話を遮ってまで声を掛けるのも気が引け、何が起きるわけでもなく、何かを起こすわけでもなく、ランチを食べ終わるとそそくさと出て行った。

店を出た時にふと思い出したのが、2年ほど前の展示のことだった。芝浦のPGIで開催された「last movement –最終の身振りへ向けて」。田中泯さんの「場踊り」と近作の風景写真を織り交ぜたとても力強い展示だった。

その展示の中でもひときわ惹きつけられたのが、七ヶ浜の写真だった。嵐の日に荒れ狂う波。海岸から望む鋭利に削り取られた黒々した岩。その上を飛ぶ一羽のカモメ。奇跡的ともいえる一枚に打ちのめされた。他の写真も素晴らしく何往復したかわからなかったが、必ずこの七ヶ浜の写真に戻ってきた。

そうしたら、いつの間にかギャラリストの方を呼んで、七ヶ浜の一枚を指さし、「これを注文したいのですが」と言ってしまっていた。「2サイズありますが、この展示している大きいのと、小さいのがあります。小さい方ですか?」と訊かれた。おそらく気を使ってくれたのであろうが、迷わずに「あ、展示しているこのサイズで」とお願いした。

予算があったわけではない。その後はそこそこ生活がしんどかった。でも、後悔したことはなかった。しばらくは額装しても飾る場所が無かったので、ブックマットでたまに眺めるだけだったが、荒々しい風景なのに、見るたび心が落ち着いた。今、ようやく飾れる場所を作り、額装し壁に掛けている。

次に会う時は、ちゃんとご挨拶して、七ヶ浜の写真のことを言ってみたいと思った。

広告