上田義彦「A Life with Camera」展|トークセッション@ギャラリー916

上田義彦×森山大道のトークセッションを聴きに行ってきた。2013年に同ギャラリーで開催された個展 Daido Moriyama「1965~」展を受けてのトークとなる。当時はスケジュールの関係で叶わなかったが、上田さんたっての希望で、2年越しのセッティングとなったようだ。

私もその個展は観賞していた。上田義彦キュレーションによる展示は、今までの森山大道のイメージとは違う構成で、どこか愛おしさを感じる個展だった。上田さんが大事に大事に手がけた感じが伝わってきたのを憶えている。

それもそのはずだと、トークを聴いてすぐに納得した。上田さんが冒頭で「世界一好きな写真家」と口にしたのだ。「このギャラリーを始めるにあたって、まず思ったのは森山さんの個展だった」とまで言っていた。それほどまでに惚れ込んでいる写真家の個展だ。愛情を感じないわけがない。

トークを通してお互いに尊敬し合う間柄だと感じ取れた。上田さんは、ゆっくりと言葉を手繰り寄せながら投げかける。それを受けて、森山さんは持論を丁寧に語る。

上田さんにとって写真とは「鏡」のようなものだと言う。何をどうしても、自分の何かが写ってしまうものだと。森山さんは、生理的なものはどうしても写ってしまうんじゃないだろうかと答えた。その時の体調や気分も含めて、それまでの経験なんかが影響してしまうよね、と返した。

また、互いに日常と非日常について触れていた。上田さんは、何てことのない場所でも、ある瞬間、こんな光景があるのかと驚嘆してシャッターを切ることがあるという。森山さんは、街頭を撮り歩いていると、非日常がスリットのように見えることがあり、それに反応して撮ると言った。一瞬スチールとして見える事があるそうだ。

さらにセッションしていくうちに出てきたのは、日常と非日常は実は同じ世界で、自分たちがその事に気がついていないだけだ。だから、そのつもりで撮らないといけない。そのような事を語り合っていた。

また、お互いの写真については共に「エロティシズム」を感じるという。写真はエロくないとね、だそうだ(笑)

最後に上田さんが、ためらいがちにこう質問した。「僕はすごく好きなんですが、あの粗粒子というか、荒れた感じの写真については、森山さんはどうお考えですか?」

「いや、基本的に僕はハイコントラストで粗いのが好きなんだけど、そもそも冷たいので(フィルムを)現像するのが苦手なんだよね」

「ああ、タンクからも温度が伝わりますもんね。確かに20度って、わりと冷たいですよね(笑)」と上田さん。

「冷たいの嫌だから、あーなっちゃうの」

もう降参である。どこまで本気か冗談かは定かではないが、それも森山大道の「生理的な」選択なのは間違いない。どこかで聞いた「ネガは標準で」というのは、はたして真偽のほどは? それでもネガには潤沢な階調が残っているとしたらすごい事だけど。もうこの辺については都市伝説化しているのかもしれない(笑)

トーク終了後の「デジタル(表現)の違いについてはどう思われますか?」という質問には、二人とも同じ見解だった。

上田さんは、「フィルムとデジタルの差ってのは、少しはあるとは思いますよ。でも、今はあまり関係なかもしれないです。森山さんはどうですか?」

「僕は、気に入っていたフィルムも、印画紙も、現像液も、無くなっちゃったから、今は全部デジタルにしてて、プリントもお願いしてるんだけど、まあ、関係ないかな。そこじゃないよね」と森山さんも同意する。

ニュアンスの違いはあるかもしれないが、概ねこんな内容だったと思う。示唆に富んだ言葉、やりとりが多く、とても興味深く拝聴した。

それにしても、ギャラリー916はいい場所だな。

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