矢島陽介写真集「Ourselves / 1981」

最近どういうわけだか、気になって仕方がないのが矢島陽介さんの写真だ。一見するとドライで無感情な印象を受けるイメージで、自分の興味とは対極にありそうな写真ばかり。なのに、無性に気になる。

振り返ると、ギャラリー916 small でポートレートを展示していたのを思い出した。その時は気になりつつも、ステートメントを読んでも製作意図がくめず、印象に残ったとは言い難い。

ところが、この「Ourselves / 1981」はちょっと違った。一定の低いテンションであることは変わりないが、人物だけでなく、環境も取り込んで撮影している。その辺が自分にとって入りやすかったのかもしれない。

なんだろうと思って、矢島陽介を調べてみると、ひとつヒントになりそうな本人の言葉があった。それは「VICE Japan」のインタビュー記事の冒頭で言及していた、取り巻く環境の違和感やズレについてだ。

子供の頃から今までに日常的に感じている他愛のない小さな違和感やズレのようなものの積み重ねが元になって作品を作っているんだと思います。

引用「VICE Japan 若き写真家が見る歪んだ世界Vol.01 -矢島陽介-」

子供の頃に当たり前のように信じていたことが裏切られると、大人が思っている以上にショックなことがある。そんな時、受け入れつつもどこか気持ちが冷めてしまうような、所在ないような、そんな感覚になったのかもしれない。上京した時の違和感も、受け入れつつ、でも消化できない。そういう整理のつかない感情が残ったままのようだ。

写真は無駄のない構成で、そこに意図的に「違和感」の要素になる人や物を入れ込んでいる。半ばセットアップ写真なのだが、必然性があり嫌味がない。それどころか、潔い試みとも言え、美しさも感じる作品になっている。不思議な魅力のある写真だと思う。