馬車道で開催されていた柿崎真子さんの個展を観賞してきた。
2年ほど前に、恵比寿のナディフで一目惚れして購入したのが、柿崎さんの「アオノニマス 肺」と「アオノニマス 雪」という2冊の写真集だった。中綴じ製本ぽいが、実際には糸でもホチキスでも綴じられておらず、束ねて二つ折りにしただけの製本になっている。スクラム製本というらしい。そこにメインヴィジュアル付きの広い帯を縦に巻きつけたパッケージになっていた。
写真を見ただけでは「いつか」も「どこか」も類推するのは難しい。あとがきを読めば「どこか」はわかる。生まれ故郷である青森の八甲田山や千畳敷、恐山。それが、柿崎さんの写すそれらの土地は、時間や時代の感覚をどこかへすっ飛ばしている。見る人が見ればすぐにわかってしまうかもしれないが、土地勘のない私にとってはきわめて不思議な光景に映った。
さて、その馬車道の展示について。馬車道大津ギャラリーは、横浜らしい端正な近代建築の馬車道大津ビルの地下にある。お世辞にも建てつけが良いとは言えないが、地下の奥まった佇まいが落ち着きを感じさせた。壁面の真上に天窓があり、ガラスブロックが一列に並んだ細い採光になっていた。天窓の自然光とスポットライトとが相まって、ギャラリー内に柔らかいミックス光を回していた。おそらく作品を選ぶギャラリーだと思うが、柿崎さんの写真はこの空間によく合っていた。
写真はどれも新作のようだ。写真集には載っていないイメージばかりだった。侵食され丸みを帯びた岩肌や、青々と水草が茂る川面などの原始的な風景が並ぶ。静かなランドスケープに漂う生命力、渾々と湧き上がる根源的なエネルギーを感じさせた。実際のプリントも美しい。ずっと見つめ続けていたくなるし、何巡もしたくなる個展だった。
「アオノニマス」というタイトルも秀逸。故郷の青森の「アオ」と、匿名の「アノニマス」を掛け合わせた造語で、故郷への想いを入れつつも「どこか」にとらわれていない。写真のイメージとタイトルがぴたりと合致している。
ゆっくりなペースながら、確実に良い作品を発表している。これからも応援したい写真家だ。


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