遺すことについて考える

自分が所有している写真作品をどう遺すのか?

最近そんなことを考えている。

私は男性の平均寿命からすれば折り返し地点を過ぎたあたり。いささか気の早い話かもしれない。しかし、いつこの世を去るかわからない。プリントが増えるにつれて「遺す」ことについてつい考えてしまう。

趣味で何かをコレクションしている人なら、おそらく一度は考えたことがあると思う。「自分が死んでしまったら、これってどうなるんだろ?」って。

市場価値や資産価値云々の話は置いておいて、自分がその写真が素敵だな、素晴らしいなと思って購入したプリントを、自分がいなくなった後でも、丁寧に扱ってくれる誰かがいたらうれしいし、部屋に飾って楽しんでくれたら有難いなと思う。

といっても個人的な趣味の収集品を、興味のない人に理解してもらうのは難しいかもしれない。手元に残すほどの価値を見いだせない、趣味が合わない、もしくは保管場所がないなんてこともあるだろう。譲り受けた人の選択肢として手放すというのもありだと思うのだ。

そんな時に、写真作品の買取手(もしくは引き受け手)って国内にあるのかなと考えるけど、パッと思い浮かばない。美術品や骨董品は何かしらルートがありそうだけど、写真はどうだろうか。

海外では地域ごとに大小さまざまなオークションハウスがあるようなので、そういったところに出品する手もあるのかもしれないが、国内には身近なセカンダリーマーケットはなさそうだ。

今度、ギャラリーのオーナーにその辺の事情を訊いてみようかな。ひょっとしたら実例があるかもしれない。

まあ、自分の死後の話なので心配しても始まらないのだが、手放すにしても、適切に扱ってもらえて、価値観の合う誰かの手に渡るような道筋があればいいなと思う。写真作品も世代を超えて第二、第三の所有者に大切にしてもらえたら、なかなか素敵なことではないかと思うのだ。

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