東京駅の八重洲口改札を出て、外堀通りを鍛冶橋方面に向かう。行き先は久しぶりの「一冊の本を売る本屋」― 森岡書店銀座店。この日の午後の予定はこれだけと決めていた。
今週は小駒眞弓「晶晶」展。選ばれた一冊は宮沢賢治「ポラーノの広場」だった。本書に収録された17編のうちの一つ「十力の金剛石」と小駒さんの作品とが共鳴している。
小駒さんはセラミックジュエリーを手がける陶芸作家で、手作業で切り出す立体的な市松模様や幾何学模様が特徴だ。ジュエリーにはとんと疎いのだが、小駒さんの切り出す模様に惹かれるものがあり、観にいくことにした。
「晶晶」展では葉書よりひとまわり大きい磁器タイルの作品が展示されていた。これは普段作るジュエリーになる前のイメージを標本化したものだという。たしかに桐箱の額装に収められたタイルは、アンモナイトの化石標本を想起させる。小駒さんは形にする前に、模様のイメージを思いつくままにスケッチしているそうだ。下書きというよりもイメージの集積。創作には欠かせない工程なのだろう。今回そのイメージを標本化することで、普段の作品とは違う世界観が生まれている。
模様も規則正しく削り出され、コンポジションも考えられているのに、どこか有機的な揺らぎを感じた。小駒さんがあくまでフリーハンドで模様を切り出しているからなのかもしれない。動画を見せてもらったら、本当に定規も型も使わずに半生状の板をデザインナイフで一目一目切り出していて驚いた。
ジュエリーも磁器タイルも、小駒さんの作品はとてもみずみずしい。ちょんと指で触れると波紋が広がりそうなくらいだ。模様の凹凸に釉薬が流れ込み、浅い溝には薄っすらと色が乗り、深い溝には多くの釉が溜まるため濃紺色をたたえる。釉溜まりが発するほのかな色合いは青磁にも似ている。
宮沢賢治の「十力の金剛石」を読むと、より「晶晶」の存在感が増してくる。このふたつを引き合わせた森岡さんはさすがという他ない。
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