会期2週間はもったいない。前回のスピンオフと聞いていたけど、まったくもってそんなことはなく、どうしてどうして、素晴らしいの一言だ。ドッペル現像はさらに加速して、追越車線から一気に前作を抜き去らんとする勢いだ。牛腸茂雄やダイアン・アーバス、ウォーホルなどの引用は遊び心満載。ティルマンスのオマージュとも取れる緻密な空間構成は非の打ち所がない。特にポラロイド作品は目が釘付けになった。写真における複写の面白さ、可能性を示してくれている。
それにしても、展示を見るにつけ「もう一人の娘」を一人の人格として明らかに認めてしまっている自分がいる。さらに言えば、すでに一人歩きし始めているのではないか。作家の手のひらから溢れてしまっているのではないか。そんな感覚になるのだ。
鑑賞者が好き勝手に拡大解釈していくのも野村浩作品の醍醐味ではあるが、作家がコントロールしているようでしきれていない「もう一人の娘」はどうにも穏やかな存在ではない。だからそこ、その境界線に足を踏み入れたくなってしまう。
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