
この多幸感は何だろう?
渡部敏哉さんの写真は、黙々と見ていられる。しばらくすると、ぽっと言葉が浮かんでくる。でも浮かんだ言葉は泡のように消えて、また見ることに意識がいく。またふと、何かの拍子に別の言葉が浮かんではまた消えていく。じーっと見るための、その時必要な言葉、もしくは気づきのようなもの。
前回は「ここではないどこか」の入り口、もしくはこちら側からあちら側を見ているような距離感のある写真だった。今回はぐっと距離感が近くなり、「ここではないどこか」に入り込んでいる。初めて足を踏み入れた世界に畏れながらも喜びを持って探索しているような写真になっていた。
「ここではないどこか」を見つめていると、見る人の記憶をかすめたり、的を射たり、そっと触れてきたりする。この感触が絶妙であり、本来の意味である「微妙」な美しさではないかと思える。
見るほどにうっとりとして、いつのまにか多幸感に包まれる。渡部敏哉さんの目指す写真のあり方そのものに、心惹かれてしまう。平安時代の美観である「物の哀れ」に通ずる感覚なのではないだろうか。
さらに額装も素晴らしい。微に入り細に渡って気遣いのある仕上げで、作品の世界観を一層高めている。空間、額装、プリントが渾然一体となった個展だった。

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