亀山仁写真展「Tedim Road」を観て

少し前になるが、亀山仁さんの写真展「Tedim Road」を拝見してきた。第二次世界大戦中のインパール作戦の地、テディムロードが舞台になっている。かの地は「白骨街道」とも呼ばれていて、その名が戦時中の凄惨さを今に伝えている。

亀山さんの写真は、いわゆるジャーナリズム的な写真ではない。出会った人たちが負う歴史的な背景をしっかりと踏まえて、本人から語られる言葉に真摯に耳を傾けながら、人々や村、街を写真に収めている。それでいて恣意的にもならず、ひとつの結論に誘導するでもない。

ある種のドキュメンタリーと言えるかもしれないが、そういう既存のカテゴリーに捉われない、亀山さんならではの視座、佇まいがあり、独自のスタイルを確立している。補足資料に載っていた作品一枚一枚にまつわるエピソードはとても読み応えがあった。当時を知る人だからこそ語り得る内容ばかりで、今回の作品にさらに奥行きをもたらしている。

個展も回を重ねて、時間が経てば経つほどに、撮る意味、発表する意味がさらに増してきている気がする。亀山さんとミャンマーは、ライフワークとしてこれからも長いお付き合いになるであろうし、亀山さんが撮るミャンマーと私も長いお付き合いになるのだと思う。

私事だけれど、母方の祖父はビルマで戦死していて、私は一度も会ったことがない。母も父親でありながら思い出はおろか記憶すらないと言っていた。小学校の夏休みに帰省した時に、古びたアルバムの中のセピアに褪せた祖父の写真を見せてもらったことがある。当時としてはすらりとした長身で、珍しく彫りが深く、少し首を傾げて優しげな表情を浮かべていた。母にとっても私にとっても、父(祖父)の面影を知る唯一の手がかかりは、このアルバムの写真だけだった。

亀山さんのミャンマーの写真を見ていて、そんなことを思い出した。