プリントスタディ@東京国立近代美術館

先日、東京国立近代美術館のプリントスタディを利用してきた。

このプリントスタディはとても画期的なサービスで、近美所蔵のオリジナルプリントをワンコイン以下で直接閲覧できてしまう。サイト内の目録に登録されている所蔵品で、展示中か貸出中でなければ、ほぼ全て閲覧可能だ。毎週木曜日の午前と午後の二回のいずれかで予約できる。

今回は平日の休みが取れたこともあって一人で予約した。普段は学生の課外授業や、写真家や専門家の研究として利用されることが多いらしい。素人がたった一人で予約するなんてことは珍しいとか。「あまりないですか」と言ったら、研究員さんに「ええ、まれですね」と言われた。

今回の目的は川田喜久治「ラスト・コスモロジー」のシリーズで所蔵全40点余りを総浚いすること。MACK版の同タイトルの写真集を手にしてからというもの、どうしてもオリジナルを見てみたいと思い、勢いで予約してしまった。

はたして、研究員さんとほぼサシのやりとりになってしまったので、のっけから何とも言えぬ緊張感を漂わせながらプリントスタディがスタートした。オリジナルプリントのハンドリングは全て二名の研究員のみで行われる。閲覧者は素手でかまわないが、おさわりなし、マスクを着用が義務となる。鉛筆メモならOKだ。

参考資料として、同シリーズが収められた三冊の写真集もご用意いただいた。「ラスト・コスモロジー」の三菱地所・491版(1995年)とMACK版(2015年)、「世界劇場 the Globe Theatre」(1998年)。後で知ったけど、三冊目は超希少本だったようだ。

保存箱から全紙サイズのオリジナルプリントが慎重に取り出され、6×2枚に組まれたテーブルにまず6枚並べられる。ひとしきり見終わるとそれらをしまい、また次の6枚を並べて観賞してゆく。言葉少なに坦々とそれを繰り返す。

時折、気になったイメージは、用意した三冊の写真集を紐解き、同じイメージと見比べてみる。これがとても興味深くて、何度となくオリジナルプリントと写真集を行きつ戻りつした。あえて違う解釈をして濃度とコントラストを変えているものも幾つか見受けられた。その中でも異彩を放っていたのが「みずくらげ(江ノ島,1991年)」。最新のMACK版だけが高コントラストになっていて、ハイライトを効かしたイメージになっていた。左隣の「沙羅双樹とわた雲(東京,1980年)」とのバランスを考慮してのことのようだ。他の写真がどちらかというとオリジナルを忠実に再現する方向性なので、思い切った解釈だなぁと思った。

皆既日蝕や雲などの天へ視線を向けた写真。その真下、目線も下向きの日常的な写真。連想と逆ベクトル。それらを繋げ、ナビゲートするような鳥やヘリなどの飛行物。渾然一体となってシリーズを成している。見事に全方位的なコスモロジーになっているのだ。

この「ラスト・コスモロジー」はスティーグリッツの雲のシリーズ「エクィヴァレント」をはじめ、幾つものオマージュや暗喩も含まれている。なかなか奥深い。これからも読み解き甲斐のある作品群だと思った。

オリジナルプリントを堪能できたこともさることながら、新旧の写真集との見比べは新たな発見があった。また機会を設けてプリントスタディを利用してみたいと思う。

にしても、二時間近くほとんどぶっ通しで見続けた後は、しばらく惚けたままだった。写真を見るのも体力勝負なところがある。

川田喜久治写真集「The Last Cosmology」

MACKさん、さすがです。

川田喜久治さんの同名写真集の新版に当たる本作。最初は復刻版だと思っていたけど、未公開作と近作を追加し再編集してあるので、増補改訂版版と捉えてよいと思う。 ちなみにこれはMACK+GOLIGAのスペシャルエディションで、特製外箱入り。その外箱にオリジナルプリントが貼ってあり、その下にサインとエディションナンバーも入っている。黒地に金文字が映えてとてもかっこいい。

オリジナルプリントを貼り付ける手法はたまに見るが、普通なら地に四角くエンボス加工をしてから、その内側に貼って縁を作り、凹凸をなくすのが定石だろう。見た目も上品になる。ところがこれはだたペタッと外箱に貼っただけだ。予めデザインに落とし込んだ感じがしない。どこか生々しさが出ていて面白と思った。ひょっとしたら、もともと外箱入りだけのスペシャルエディションだったのが、急遽プリントを貼り付けることにしただけかもしれないけど。

川田さんは常に今を見ている写真家だと感じた。この写真集もかなり最近のカットが含まれている。思考を止めず、歩み続け、自分が撮りたいものを撮り続ける。あまりにもかっこいいではないか。