Carl Zeiss Planar C 100mm f3.5 T*

ハッセルブラッドの常用レンズは専ら100mm。どうもこの距離が自分にはちょうど良い。味とかクセとか歪曲とかはほぼ無いので、語られることが少ないレンズかもしれないが、キリッとした写りの銘レンズだ。別名「山岳プラナー」というらしい。80mmに比べて外観の違いは少なくて、鏡胴がやや長めというくらい。ハッセルではこちらが本当の標準レンズなんていわれることもあって、35mm換算で55mmに相当する。

80mmは換算で44mmとなり、自分には少し広いなという印象。100mmを手に入れてからは、次第に使わなくなってしまった。スナップにはちょうどいい距離感かもしれないが、ライカと違ってハッセルはスナップというテンポではあまり撮らない。もう少しゆっくりだ。

100mmで落ち着いている理由としては、距離感の他に、自分が撮りがちな写真に関係している。

デジタル(最近ではスマホ)ではあれこれ構図や見栄えを考えたがるくせに、フイルムで撮る写真は、いまいち何でもないというか、いわゆる「作品」とは程遠い画が多くなってしまう。

本来なら、たくさん撮れるデジタルは数撃ちゃ当たるでどんどん撮影して、貴重なフイルムは丹念に撮る方が理にかなっていそうだが、自分の感覚は逆になっているらしい。

ひょっとしたら、スマホの写真はSNSなんかを意識して色気が出てるのかもしれない。方やフイルムはどちらかというと自分にとって個人的な営みだ。生理的な反応で撮っているだけで、お披露目ありきでは撮っていない。せいぜい貯まってきたらグループ展とかで展示するくらいだ。

それならいっそレンズの味やクセに頼らない方が、プリントした時に「あーなんでもないな」って感じが際立って、自分らしいかなと思って100mmを使い続けている。

でも不思議なもので、ライカだと35mmなんだよね、やっぱ。50mmは代打の切り札的存在。機材が変われば写真も変わる。これも写真の面白さのひとつだ。

ハッセルブラッドが直った。

「午前中電話をした者です」

「ああ、いらっしゃい。どうなったんだっけ?」

「撮影中に巻き上がらなくなっちゃって…」

「ああ、そう」と言いながら、おもむろに引き出しから工具を1本取り出す。

ドライバーのような工具で、先が丸数字の「1」の形をしている。ハッセル専用の工具らしい。

マガジンを外し、遮光板を左手の人差し指と親指で押し広げ、右手でそっとボディ内に工具を差し入れる。レンズの真裏にある何かをクイクイっと軽く回している。

工具を抜き出し、ボコっとレンズを取り外す。次いで巻き上げノブを回しては、シャッターを切るを数回繰り返す。

ギリギリ、バコン。ギリギリ、バコン。いつものハッセルの音だ。どうやら故障の原因は解消したらしい。すこしほっとする。

「レンズの接点、Mになってるね。MじゃなくてXにしといた方がいいよ。Mだとギア2つ分くらい遠回りするからね。少しずつずれが出るんだよ」

ほほー、勉強になります。

これで終わりかと思ったら、またレンズを手に取り、リアにエクステンションチューブのような器具を取り付け、がちゃがちゃやっている。次に、円盤のような器具にレンズを取り付け、キリキリやっている。年季の入った器具たち。はっきり言って何をやっているのか見当もつかない。

店主曰く、シャッタースピードと絞りの精度を見てるとのこと。こちらも問題なく作動しているようだ。

「うん、良いんじゃない」と一言。

ここまで、ものの10分足らず。あっという間だった。

実は来店したとき、すでに先客がいた。出羽桜の中瓶を1本飲み干していて、すっかり出来上がっていた。彼女はスタジオ勤務のカメラマンで、年に数回は顔を出しているらしい。いずれ写真で一旗揚げるんだと、店主が代弁していた。

結局、修理代どころか、麦酒2本もご馳走になってしまう。店主と先客と私で、小一時間ほど談笑させて頂いた。実に有意義だった。

店主は日本に一人しかいないハッセルブラッド公認の職人だ。50年以上のキャリアは伊達ではない。他にもハッセルを修理する職人さんは何人もいるであろうが、あくまで技術指導を受けたというのがほとんどだ。工具類は自前で作ったものも多く、いかに腕利きの職人と呼ばれようとも、いわゆるモグリになってしまう。

肩書きで何ができようか?とも思う。

しかしながら、あのシリアルナンバー入りの専用工具は実に誇らしげだった。

公認の職人として齢を重ねた風格は、やはり伊達ではないのだ。

ハッセルブラッドが故障した。

購入後、ちょうど一年。

数本撮影した後、日没間近にもう1本粘ろうと装填したブローニーが6枚目で巻き上がらなくなった。

ノブが全く動かない。しかたなく途中でフィルムを巻き戻し取り出してみる。それからスライドを入れてマガジンを外して、また着けてみる。相変わらずノブが回らない。

道すがら、最寄りに千曲商会があったので、とりあえず持ち込んでみる。どうやらレンズとボディの連動がずれてしまっているらしい。

手持ちの専用工具で直せなくもなかったようだが、あえて手を止めて、ここ行ったら良いよと、銀座のワタナベカメラサービスを紹介される。

噂には聞いていた。とにかくハッセルならここに持って行くのが一番だと。

故障したのは残念だが、こういう機会がないと、その手の職人さんに出会うことはない。少し楽しみでもある。

年明け早々に伺ってみようと思う。