結論を急がない

写真を観るうえで大切だなと感じているのは、あまり結論を急がないことだと思うようになった。というか結論を求めても仕方がないのが写真なんだと思う。

既知でも未知でも興味を持った写真家の作品はできるだけポジティブに観賞するようにしている。はなから好き嫌い、良し悪しを決め付けないで、ひとまず興味を持って見ることで、作品の可能性を広げらるかもしれと思えるようになったからだ。

もちろんその場で理解できないものもあるし、ある程度は理解できるけど共感までいかないこともある。わかったつもりになって、したり顔でつまらないことを口にすることもある。時間が経つと腑に落ちることもある。ひとまず第一印象は大事にしつつも、作品に対しても、自分に対してもレッテルを貼らないようにする。もし否定的な感想を持ったとしても、それは今だけのことかもしれないと思えばまた次のなにかが待っているかもしれない。

自ら断定や限定をしてしまうと、今の自分にとって安易な結論で満足したり、それ以上は興味がうせたりしてしまう。自分は生活の中で人にも自分にも断定や限定をしがちなので、せめて写真を見るときくらいは、そうならないようにしたいと思う。ある意味、写真を見ることが自身の修練みたいなところもあるかもしれない。

作り手も自作のすべてを把握しているわけではないだろうし、シリーズの過程で発表することがほとんどだろう。それこそ最終的な結論となれば、死後の回顧展みたいになってしまう。それすら時代ともに忘れられることもあれば、時代とともに再評価されることもある。

観る側だってすべてを咀嚼することはできない。欲張ってすべてを理解しようとしてもあまり良いことはないし、できるはずもない。だって、作品を観るというのは、ひとつの節目、経過を観ているにすぎないから。それでも、その経過の積層が厚くなればなるほど、作家性が増してくる。そう思えば、できる限り結論を急がず、常に経過を観つづける気持ちで作品に向き合いたいくなる。

やや漠然とした話なんだけど、表現者も観賞者もその貴重な節目を繋げていくことが大切なんじゃないかと思う。

有元伸也写真展「Tokyo Circulation」@Zen-Foto Gallery

有元伸也さんの「ariphoto」シリーズが「Tokyo Circulation」と題して禅フォトギャラリーから発売された。これからも継続するシリーズながら、まさに「ariphoto」10年の集大成といえる。

これまでTPPGなどの展示に合わせて「ariphoto selection」として発行している。vol.3からは最新のvol.6までは買うことができた。いつも500部限定で、号を重ねるたびに完売ペースが加速している人気タイトル。毎回なるべく早く手に入れるようにしている。vol.1(2010)、vol.2(2011)は、写真を始めたばかりの頃で、欲しい時にはすでに完売していた。古書でも出回らないため、いまだに入手できていない。

今回の上製本は「ariphoto selection」と判型を合わせつつ、一段も二段も高品質になっていて、スリップケース付きの豪華な写真集に仕上がっている。表紙が2種類用意され、シルバーとブラックが選べる。さっそく写々舎でシルバーを予約した。ブラックも渋くて捨てがたいが、迷いなくシルバー。表紙はあの「すみえさん」。「ariphoto」で幾たびも登場する方だ。無茶苦茶かっこよい。しびれる。

禅フォトでは出版記念の展示も開催され、会期終了間際にこちらも観にいけた。やっぱり間違いなし。スクエア・モノクロ・ポートレートの達人、ここにありって感じ。階調豊かでかつ引き締まったモノクロプリントは絶品。撮影から暗室ワークまでが完成されていて、撮影からすでにプリントの品質が約束されているからこそ。機材の変遷や感材の問題はあるにせよ、ようは難しいことをしていないっていうのがミソだ。どこかの工程でこねくり回したり、いじり倒したり、帳尻を合わせたりしない。やはり撮影は適正露出ってのが奥義で、いかにシンプルに徹するかだと思う。

場所や時間も含めてここまで作品づくりを徹底的にルーティーン化して、量を積み上げているのは並大抵ではない。同じことをコツコツと続けることが、人物をあぶり出し、その変化を際立たせる秘訣なんだろう。移り気な自分にはとうてい真似できない作業だ。

有元伸也という写真家を見ていると、つい宮沢賢治の「雨ニモマケズ」が頭に浮かんでしまう。いつも謙虚で誰に対しても腰が低い。実直で妥協しない。面倒見がよくて、義理堅い。どうにも生き様がかっこよすぎる。

蛇足ながら、個人的に有元さんが新宿区とコラボしたら、なんか面白いことになりそうだと勝手に思っている。新宿区の職員の方、一度でもいいからTPPGに足を運んでみてください。もちろん都の方でも大丈夫です。

才を見つける才

ホンマさんはいつも気になっていて、これからも観つづけたい写真家のひとり。でも、おそらく自分とは今も昔も周波数が合っていないし、今後も合うことはなさそうな写真家だ。根拠はないけど、ホンマさんにそういう印象を持っている。

作品は物事の本質を探ってくる。アプローチはいろいろで、既成概念をバラしたり、再構築したりしながら作品を作っている。巧みなフェイクを交えたり、見抜かれないような伏線を張ったりもする。でも、文脈やコンセプトに偏重しすぎて、写真を気持ちよく見られない、ということはホンマさんの作品にはない。

あくまで写真に軸足を置いていて、際立ったクオリティで提示してくれる。たとえ制作意図を知らずとも、写真集をみれば、ふと手を止める写真があり、展示に赴けば、思わず足を止めてしまう写真に出会える。写真そのものの旨味は捨てない。そういえば、2015年に大宰府天満宮でカメラオブスキュラを使ったインスタレーションなんかもやっていた。写真の技法もすべて踏襲しようとしていると聞いたことがある。

「なぜこの写真なのか?」と意図を知りえた時に、ホンマさんから答えをもらえるのではなくて、ようやく問いかけてもらえる。投げられた問いはふわりとした軌道を描く時もあれば、ビュンと直線的に懐に収まる時もある。たまにポイと横に放られてしまうこともある。その問いに触れていろいろと考えては、また写真を見る。写真を観てはまた思考する。その循環によって作品が膨らむ。ホンマさんの役目はそこまでで、あとはこちらにゆだねられる。

捉えられそうで捉えられない。掴めそうで掴めない。常中変であり変中常。いつの間にか変化して先に行ってしまう。だから追いかけてみたくなるんだけど。

でもホンマさんの何がすごいかって、「人の才を見抜く才」だと思う。これはかなりエグい。この前のトークショー(らしきもの)の場でも思い知らされた。ホンマさんの間合いに踏みこめるのは、相当な手練れか、大間抜けくらい。かろうじて間合いを見極められる知恵者が渡り合えるだろうか。でもホンマさんが待っているのは、手練れでも、大間抜けでも、知恵者でもなくて、気づいたら間合いを詰められている天賦の才なのかもしれない。読めない才能を待ちわびているんだと思う。

どうやら自分はそれらのどれにも当てはまらない凡人だ。迂闊に周波数を合わせない方がいいかもしれない。むしろちょっとノイズが乗っているくらいが幸せなんだと思う。凡人には凡人なりに、噛み合わないという兵法もあっていいかもしれない。

加納満写真展「イタリア 無我の彷徨」@ギャラリー冬青

今回の展示は写真のある部分から離れようとしているように感じた。散々意識して磨いたものをいったん捨てるのは難しい。それが偶然だったのか、意図したことなのか、その中間だったのか、どちらでもないのか、それはわからないけど、今までとまた別の見方ができる展示だった。

加納さんは自分の写真を必要以上に言葉にしない。言葉を持たないんではなくて、あまり語らないのだ。それでも会話をしていると、端々でこだわりというか、信条ともいえる考え方が伝わってくる。まあ、ちゃんと訊いたら普通に答えてくれるかもしれないけど、野暮ったくてちゃんと訊いたことがない。

今回も気になるプリントが一点あった。本気で買おうかと思った。でも見合わることにした。昨年6月の個展で買ったプリントが熟成期を迎えている。といっても別に紙質や画質が経年変化したわけじゃない。むしろ保存が大事な写真は経年変化が遅いほうが好ましい。ここでいう熟成は物理的変化ではなくて、写真が自分に馴染んできたという意味で言っている。感覚的な話だけど、同一作家の新たな作品を加えるタイミングではなかったということ。

その写真は、俯瞰視点で裏路地の階段坂をとぼとぼとひとりの男が歩いているイメージ。ディープシャドウもハイエストライトも無い、ややコントラストが低めのプリント。時間が経てば経つほど新たな発見がある。個人的には加納作品の会心の一枚。文脈とかコンセプトとかに頼らずとも十分に強度を感じる作品だ。

プリントはこの熟成期を繰り返していくと見え方が少しずつ変化して、向き合う過程に深みが増す。だから、写真は初見ではすべてを計れない。買ったプリントはとことん向き合うのみだ。

PARCO劇場一時閉館

8月7日に渋谷PARCOのビル建て替えにともなってパルコ劇場が一時閉館となった。20代後半から30代前半まで観劇にはまってよく足を運んだのがパルコ劇場。新国や帝劇なんかの大劇場は肌が合わなくて、観るのはアングラか、商業劇ならパルコがちょうどよかった。

客席数が458の小劇場は演者と客の距離感が近いのがうれしかった。演者の息遣いが手に取るようにわかり、客の反応がつぶさに舞台に伝わる。互いの程よい緊張感がたまらない。商業劇の箱にしてはシビアな空間だ。

改装後の杮落としは楽しみだけど、あの劇場自体が舞台装置のような空間は新しくなっても大事にしてほしいなあ。

【4/4(最終回)】オリジナルプリントを買うなんて誰にも勧められない。

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オリジナルプリントは誰かに勧められて買うもんではない。というか、勧めようがない。しかも買うまでのハードルが高くて、買ってからモヤモヤする。これは買ってよかったのか? 自分の目は間違いなかったのか? ネガティブな面もポジティブな面もないまぜにして向き合わざるをえない。しんどいことのほうが多いかもしれない。

悪いことは言わないから、プリントを買うなんて止めておいたほうがよい。ほかに時間もお金もかけることがあるだろうし、もっとちゃんと生活したほうが身のためだ。逆にそう勧めたくなる。 続きを読む