トーマス・ルフ展@東京国立近代美術館

Thomas Ruff, Häuser/Houses

美術館の展示では間口の広さと懐の深さが重要な要素だと思う。まず幅広い層に対して興味を引いて、予備知識なくともそれなりに楽しむことができる。次にどれかひとつでもいいから引っかかりが生まれる。そういう間口の広さ。それから知識を得たり、自分なりの解釈ができるようになった時に、好奇心を受け止めてくれるだけの懐の深さ。これだけ大規模で、不特定多数の鑑賞者を見込んでいる展示ではなおさらだろう。

トーマス・ルフ展もその要素がバランスよく配合されている気がする。まず額装も含めて作品としての落とし込み方がとても丁寧で無駄がなく、作品と対峙していると単純に居心地がよい。作品でも展示プランでも仕上げの段階で妥協していないのが伺える。

にわか仕込みながらバウハウスについて知る機会があった。削いで削いで削ぎ切っても立ち現れる美しさを追求する姿勢は、ドイツで脈々と受け継がれているんだろうなと実感する。ベッヒャー夫妻の薫陶を受けつつ、トーマス・ルフ独自の削ぎ落とし方をずっと探求してきたのかもしれない。

2003年ごろから自ら写真を撮っていないとインタビューで答えている。撮らなくなってもう12年以上になる。「今は写真を『撮る』ことに興味がなくなっているというのは事実です。でも、それ以上に写真について考えることがずっと面白い」と率直に語っている。撮る行為を辞めて、考えることに時間と労力を割く。そのバロメーターの極端なシフトも削ぎ落とす行為だとすれば納得がいく。写真家としての意識が希薄らしいので、そもそも撮ることにこだわりがないとも言える。撮ってこそ写真家だという考えが前提だとルフ作品はまったく響かないかもしれない。

好みで言えば、鶏卵紙プリントの反転作品。サイアノタイプのような色調になってとても美しい。会場が写真撮影可なので、スマホで記録した画像を再反転してみると意外な発見がある。あとコレクション展の3階9室の「写真と映像」もうまくリンクさせていて見応えがあった。

Thomas Ruff, negatives

出口すぐの特設ショップで「ルフサイズ」をアピールしていた。「フルサイズ」をもじっているのかは知らないが、通常の商品と比べてひと回りふた回り大きなサイズのポストカードやマグネットシートなんかが売られていた。日常生活では体験できない巨大なサイズで見せることで、見慣れたものがまったく違って見える。そんなメッセージを物販でも提示している。すごい徹底ぶり。

でも一番驚いたのは、特大ポスター付きの前売り券だ。せっかくだからとチケットぴあで注文したら、公共施設などで掲示される最大サイズのメインヴィジュアルポスターが届いた。125 x 180cmのセミダブルサイズ。これは近美にしてやられた感がある。展示に行く前の先制パンチを食らった格好だ。ある意味、ルフ展最大のサプライズかもしれない。実際に手に取れる「ルフサイズ」は、悪ノリに近い試みながら、今回の展示を象徴する仕掛けだろう。

昨年の中之島のティルマンス展と比べてみると、展示空間全体を演出しようとするティルマンスに対して、画面の中に小宇宙を作ろうとするルフ。アプローチの違いはあれど、展示プランの周到さ綿密さ、仕上げへのこだわりは、共通のドイツ人気質を感じさせる。会場内の心地よさ、気持ちよさも共通している。

またしばらく時間をおいて、ルフについて自分がどう考えるだろうか。自分にとってルフの作品を考える以上に、ルフ自身について考えてみるのも面白いかもと思っている。