Sylvia Bataille / substances toxiques © Sylvia Bataille
恵比寿のPOSTでシルビア・バタイユの銅版画展。フランス生まれの作家で、銅版画のほか、写真やイラストレーションも手がけているようだ。見る前はぜんぜん予備知識はなかったけど、これがカッコいいのなんのって。完全にやられました。展示作品以外もシートで見せていただいて、時間の許す限り堪能してきた。
タイトル「AUTOROUTE」の通り、フランスの高速道路「オートルート」を走行しながら、車窓越しに並走する車を捉えたシリーズになる。まず写真を撮ってから、それをトレースして銅版画を製作している。メゾチントという凹版技法を用いた繊細な階調がとても美しいプリントだ。写真のようなグラデーションを表現するために、版を仕上げるだけで半年から一年もかけるそうだ。
ただ写実的とは言い難く、どこまでも「写真的」な描写だった。多色刷りのカラー作品と単色のモノクロ作品があり、どちらもとろけるような淡さがある。写真らしい要素は残してはいるが、自己の心象をより強調するように間引かれディフォルメされている。とても写真的でありながら、版画らしい線描写が際立つ。版画でこういう描写ができるものなのかと率直に思った。
高速道路の疾走感というより、パラレルワールドを覗いているような浮遊感がある。しかも視点が面白く、車全体ではなくて、テールランプの光跡や回転するタイヤに意識が向いている。特にホイールを注視しているようだ。ホイールが高速回転している様を写真を基に再現しながら、フェティッシュに「暴れ」させ「弾け」させている。スローな躍動感とでも言えるだろうか。見ていると時間軸やスピード感がずれてくるので、異なる次元を見せられている感覚になる。やはりパラレル。
プリントのイメージ部分に雁皮紙を貼り「紗」をかけたものもあった。膠か何かで貼り付けているのだろうか。ともかく雁皮の効果で写真のソフトフィルターをかけたような仕上がりになっていた。雁皮紙越しのイメージはより淡くより浮遊感を増す。それに雁皮の地の色が青みや赤みがあるものもあり、同じものでもまるで異なる印象になっていた。地の色は雁皮の種類によるものなのか、紙を薄く染めたのか、イメージに直接着色したのかはわからない。いろいろと効果を試しているのかもしれない。
もともと写真をやっていて、より自分の頭の中のイメージに合うものとしてメゾチント技法の銅版画に行き着いたらしい。心象風景なんて手垢がついた言葉かもしれないが、写真ではない何かを掴みたいという意思は伝わってくる。彼女の記憶の中の「オートルート」を再現した形なのだろう。写真の良さを残しつつ、版画として独自の描写を成立させている。写真と版画の狭間、もしくは二者の接点のような作品だ。これまで見てきたどれでもないものという感じ。
だだ、シルビア・バタイユと検索しても往年のフランス人女優がヒットするだけで、作家のそれらしい情報はあまり見つからない。ポートフォリオサイトもないようだ。近年、いくつかの受賞歴もあり、所属ギャラリーもあるようなので、フランスでは着実にキャリアを積んできているのだろう。
日本初個展で、まだまだ未知の作家ではあるが、このプリントは一見の価値がある。版画に興味がなくても、見ておいて損はない。ほんとにかっこいいから。
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